水と石が出逢うところ

date. 2001.8

風が、とっても、気持ちいいんだ―――

穏やかな声が、いつもと違う、電話の向こうから聞こえる強い音にはじけて消えていく。途切れ途切れる声の様子をさぐるように耳を澄ませば、海を渡る風の音が聞こえてくる。打ち寄せる波の上をすべる船の音が聞こえる。白い貝殻を耳に押し当てたつもりになって、その声を聞き逃さないように、両手で受話器を抱えてゆっくりと目を閉じる。
波間を縫って、気まぐれに、突然で、新鮮な場所から響く声音。
ここは海のない町だし、それが当たり前で生まれた私だから、その耳慣れない音にとても敏感になっている。内耳から外耳へ、外耳から内耳へゆっくりと低く愛撫されている感覚だ。体の奥の何かが蠢いている。

うん、気持ちよさそうだね。わたしも―――

「夢はなんですか?」
いつもと同じ太陽が照りつける或る夏の日の昼下がり、突然掛けられたその問いに、私はハッキリと狼狽した。
目の前に女と男が二人座って私を見ている。会の趣旨からいえば、そのような問い掛けがきても驚くことはなかったのだが、その問いに至る間の、現在より過去ばかりに集中する確認や、意味もなく笑い飛ばそうとする女の受け答えに、すでに幾分動揺していたのだった。
気を沈めたつもりで切り出した夢の欠片は、あきらかに震えていた。

本当を物語れないわけではなかった。むしろ饒舌なほどだ。しかし、本当の物語りには本当に聴く相手がいてくれたらと思うのだった。エンデのモモみたいに真摯な瞳の対象を。
白昼のぼんやりとした葛藤を、夜風にあたって落ち着かせよう、と考えているうちに鳴り出した携帯電話のベル。

いまはどこ?どんなところなの?
風を感じるわ。波も聞こえる。ほかには何が見える?
海の向こう、海に続く空の果て・・・・そう!
―――星は、星は降っている?

今この時期、流星群が見られるという。無数の蛇の頭部を持つ魔物を、石に変えて退治したという英雄の名がついたその星を見ることができるならば、大人になることで何時の間にか大きく飼ってしまった、私のお腹の中に在る何物かを、石に変えてくださいと、そしてポトンと流れ落してくださいと、願うことだろう。
産み落としたタマゴのような石は、記憶の深い深いところに積み重なって、ヌラヌラと瞬く地盤になるんだ。

―――ほんとに、気持ちよさそうなところだね―――


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